「攻めのIT」と「守りのIT」とは?DX推進に必要な2つのIT投資を理解しよう
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企業のIT化とDX推進が進む中、IT投資について「攻め」と「守り」の2種類に分類することがあります。本記事では、DX推進に必要なIT投資である「攻めのIT」と「守りのIT」それぞれについて説明したうえで、攻めのITの成功事例を紹介します。
「攻めのIT」と「守りのIT」の定義
IT投資において「攻めのIT」「守りのIT」という言葉が、近年頻繁に用いられるようになっています。まずは両者の定義を確認するとともに、「攻め」や「守り」に分類される根拠となる具体例を確認しましょう。
攻めのITとは
攻めのITとは、ITを活用し既存のビジネスの変革、新たな事業展開やビジネスモデルの創出を行い、収益の増加、新規顧客の獲得、営業力・販売力のアップを目指すことです。
【攻めのITの具体例】
・ビッグデータを活用した消費行動分析による新規顧客獲得戦略の立案
・AI技術活用による対人コミュニケーションのオートメーション化
・IoTを利用した新たな顧客・市場の開拓
・ECサイトなどの運営によるオムニチャネル化 など
守りのITとは
守りのITとは、既存のビジネスモデルを変更せず、ITによる作業の効率化やコスト削減を目的としています。
【守りのITの具体例】
・ITインフラのクラウド化
・データ管理、統合
・セキュリティシステムの定期メンテナンス
・業務プロセスを見える化し、自動化ツールを開発する
・EPRシステムによる情報の一元管理
「攻めのIT」と「守りのIT」の違いや関係性
「攻めのIT」と「守りのIT」の大きな違いは、実践のターゲットが異なる点と言えるでしょう。攻めのITは「ステークホルダー」、守りのITは「自社の効率化」に向けたIT投資を指します。
実際にIT化を進めるには段階を踏むことが重要です。まず「守りのIT」で自社内の情報システムの整理、効率化によるコスト削減を実践し、次に「攻めのIT」による差別化によって利益を拡大する施策を行います。例えば「守りのIT」により、顧客に提供している製品、サービスの状況がデータ化されていれば、ライフサイクルを知ることができ、「攻めのIT」を活用しアフターサービスを創作することでサービス型のビジネスが展開できるようになります。
経済産業省の動きから見る「攻めのIT」に取り組む必要性
企業でもIT化やDXの必要性などが検討されるようになりましたが、経済産業省など国の動きからも、その必要性の高まりを感じることができます。具体的な動きを見ていきましょう。
攻めのIT経営銘柄(現在は「DX銘柄」)
経済産業省と東京証券取引所は、2019年まで「攻めのIT経営銘柄」を共同で選定していました。攻めのIT銘柄とは、中長期的な企業価値の向上や競争力強化のために、積極的にITの利活用に取り組んできた企業が選定される銘柄のことです。対象となるのは、東京証券取引所に上場(プライム市場、スタンダード市場、グロース市場)する企業全社(旧市場区分:東証一部、東証二部、ジャスダック、マザーズ)であり、経済産業省と東京証券取引所が毎年選定を実施。背景には、「守り」のIT投資にとどまることなく、新事業への進出や既存ビジネスの強化など企業価値を向上させる「攻め」のIT投資へとシフトさせていくことが緊急の課題であり、政府や関係機関が既存の日本企業におけるIT投資のあり方に対して、強い危機感を抱いていたことが挙げられます。
「攻めのIT経営銘柄」は2020年からDX銘柄」と名称を変更しましたが、「攻めのIT経営銘柄」「DX銘柄」共に選定されることで、競争力の高さや企業価値の高さを社会やステークホルダーに対してアピールすることが可能になります。
2025年の崖
経済産業省が2018年にまとめた「DXレポート」では、2025年までにDX推進(IT化)が進まないと、2025年以降に毎年12兆円の経済損失が出る可能性があるとことを示唆。これは「2025年の崖」と呼ばれ、今の日本の多くの企業が保有するレガシーシステムが原因で起こると言われています。これからの日本企業は「守りのIT」のみに留まることなく、積極的に「攻めのIT」に転換していくことが必要とされていることが伺えます。
(参考:「「2025年の崖」とは。DXレポートによる対応策と企業ができることを簡単に解説」)
攻めのIT活用指針の企業状況から見る、IT化の取り組みステップ
経済産業省では、生産性向上に向けたIT導入及びその活用の方向性を示す「攻めのIT活用指針」を策定し、企業が「攻めのIT経営」に至るまでの4つの段階を「IT導入前の状況」「置き換えステージ」「効率化ステージ」「競争力強化ステージ」として適用事例を示しています。
IT活用を進めるにはまず現状把握が必要です。今の状況と照らし合わせ、自社がどのステージにいるのかを確認し、次に目指す状況をイメージしましょう。
(参考:経済産業省「攻めのIT活用指針」「攻めのIT活用指針(PDF形式)」)
①IT導入前の状況
企業がITツールをまったく導入していない段階を指します。情報のやり取りは基本的に電話や口頭連絡を用い、帳簿での業務を実施している状態です。管理状況がずさんになりがちになり、社内連絡系統が弱まり、顧客からのクレームなどにも対応しきれないなどのリスクを抱えています。
②置き換えステージ
これまでの紙や口頭でのやりとりからITツールに置き換え始めた段階です。社内メールを使用したり、会計処理・給与計算・日報にパソコンを利用し始めるなど、IT導入も最も初期の段階が該当します。
③効率化ステージ【守りのIT】
IT活用にある程度慣れ、社内業務の効率化を図る段階で「守りのIT」を実践しているステージです。ITツールに関する社内規定整備をはじめ、商品・サービスなどの再点検や顧客・商品・サービス別の売り上げ分析にITツールを活用している状態を指します。企業によってはこの段階で、経営状況の把握ができる経営管理ツールや、情報発信・集客を目的としたホームページの活用なども取り入れています。
④競争力強化ステージ【攻めのIT】
IT導入により自社内の情報システムが構築され、IT投資を自社の売上向上などの競争力強化に活用するようになる段階で「攻めのIT」を実践しているステージです。専門家のアドバイスなども取り入れ、マーケティング・販路拡大・新商品開発・ビジネスモデル構築などのためにITツールが活用されています。競争力強化ステージでは、IT投資を「経営における差別化要因」と位置付けられている状態でもあります。
【業界別】攻めのIT実施事例
実際に企業で導入されている「攻めのIT」にはどのような事例があるのでしょうか。ここからは、業界別に攻めのITの実施事例を紹介します。
小売業「日本瓦斯株式会社」
総合エネルギー会社の日本瓦斯株式会社(ニチガス)は、2016年から2022年の7年間連続で「攻めのIT経営銘柄」「DX銘柄」に選ばれています。2022年はDX銘柄のグランプリになり、先進的でユニークなIT化に取り組んでいます。
ニチガスの攻めのITへの取り組みの一つが、遠隔自動検針などを可能にするガスメーター「スペース蛍」。スペース蛍をガスメーターに取り付けオンライン化することで、検診業務のコストカットや、正確なデータ取得による安定したガスの製造・供給を可能にします。スペース蛍は、同社の既存顧客100万件以上に導入している他、 2021年からは独自の高効率な仕組みをプラットフォーム事業として他社へも拡大。また、DXを活用し、スペース蛍から収集した情報など、あらゆるデータを繋げた独自の高効率な仕組み(ニチガスツイン)を確立し、この仕組みを他社に提供する、「LPG託送」に挑戦しています。
(参考:経済産業省「DX銘柄2022」)
医薬品「中外製薬株式会社」
がん領域の医薬品で国内シェアNo.1、革新性の高い新薬を扱う医薬品メーカの中外製薬株式会社は、2022年のDX銘柄グランプリに選ばれました。同社は、デジタルを活用した革新的な新薬創出に取り組み、その業績が「攻めのIT」への取り組みとして評価されています。
具体的には、AIやロボティクス等を活用し、①創薬プロセスの革新、②創薬の成功確率向上、③プロセス全体の効率化を実現。抗体創薬プロセスに機械学習を用いることで最適な分子配列を得る、独自のAI創薬支援技術を自社開発し活用するなど、各種デジタル技術の開発・導入に取り組んでいます。同社では「高品質なリアルワールドデータを利活用できる環境を共創し、一人ひとりの患者さんと疾患の深い理解を通じ個別化医療を実現する」というビジョンを掲げ、一人ひとりに最適化された高度な個別化医療の実現を目指しています。
(参考:経済産業省「DX銘柄2022」)
機械業「小松製作所」
株式会社小松製作所は、パワーショベルやバックホーなど建設機械を製造する会社です。同社は、創業100年を超える老舗の製造会社ですが、デジタル化においても製造業界を先導し、これまでに複数回「攻めのIT経営銘柄」「DX銘柄」に選ばれています。
具体的な攻めのITへの取り組みの一つが、建設現場に携わる人・モノ(機械・土など)に関するさまざまな情報をICTでつなぎ、建設現場の安全・生産性を飛躍的に向上させる「DXスマートコンストラクション」です。ショベルカーなどの建設機械にICT建機が装着され、オペレーションをスムーズかつ安全にすることを可能にしています。また、建設機械の自動化・自律化、遠隔操作化の一環として、鉱山で稼働する無人ダンプトラック運行システム(AHS)を2008年より商用導入し、2022年3月末時点で4カ国17サイトで累計導入台数510台の導入を実現しています。建設機械がIT化することで、機械の稼働状況が見える化し作業効率が向上、機械のメンテナンスもスムーズに行われるようになっています。
(参考:経済産業省「DX銘柄2022」)
攻めのITを実施するときのITツールの具体例
攻めのITを実施する際には、具体的に何を達成するか、目的によって導入するITツールの選定を行う必要があります。上記「DX銘柄2022」から紹介したような大規模な攻めのIT投資のみならず、比較的手軽に導入が可能で、既存ビジネスに変革をもたらすITツールも存在します。
施設運営の無人化・省人化を実現する「むじんLOCK」
IT事業、コワーキングスペースなどの不動産運営事業等を行う株式会社コミュニティコムは、施設運営の無人化・省人化を実現するための、スマートロック連携課金決済システム「むじんLOCK」を開発。これまでの施設運営では、専用の人員を配置し受付などの顧客対応、精算業務を行うのが通常でしたが、むじんLOCKを導入することで、ドアの施錠・解錠、入退室履歴の管理、従量課金や定額制課金の請求・決済・入金までを自動で行うことが可能になります。「攻めのIT」実現ツールとして、既にコワーキングスペースやレンタルスタジオなど多くの施設に導入され、ユーザー数は5万人を突破。「むじんLOCK」は既存のドアに設置することで容易に導入できるITツールのため、施設運営の無人化・省人化を実現したい事業者は検討してみるとよいでしょう。
攻めのITを活用し、ビジネスの新展開を目指そう
世界的なDX推進の流れや企業間の競争力の強化のためにも、IT投資は「攻め」と「守り」の両方をバランスよく進めていかなくてはなりません。これまでのIT投資が「守り」に寄っていた企業は、これから自社のサービスをどのように「攻め」に転用できるのか考えてみることで、新たなビジネスの創出から収益の拡大につながります。今回の記事を参考に、現行のIT投資の「守り」と「攻め」の割合を見直し、今後のビジネス展開に活かしてみてはいかがでしょうか。